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後藤新平 戒名(天眞院殿 祥山 棲霞 大居士)

戒 名

階級:大居士・清大姉

天眞院殿 祥山 棲霞 大居士
(てんしんいんでんしょうざんせいかだいこじ)
「祥(めでた)い山は、はるかな霞(くも)に棲(いこ)う、天の真(まま)」
名前
後藤新平 
(ごとうしんぺい)
職業日本の医師・官僚・政治家。
没年時1929年4月13日没、満71歳

写真転用元:http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d3/Shimpei_Got%C5%8D.jpg

戒名の説明

政治のあるべき姿を追求し続けた、後藤新平らしい戒名と言えるでしょう。「棲霞」には、生前その計画の規模の大きさから呼称された「大風呂敷」という異名に通じるものがあります。

人物の紹介

後藤新平-Wikipedia

後藤 新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) – 昭和4年(1929年)4月13日)は日本の医師・官僚・政治家。位階勲等爵位は正二位勲一等伯爵。

台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東京市第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京放送局(のちの日本放送協会)初代総裁。拓殖大学第3代学長を歴任した。
計画の規模の大きさから「大風呂敷」とあだ名された、日本の植民地経営者であり、都市計画家である。台湾総督府民政長官、満鉄総裁を歴任し、日本の大陸進出を支え、鉄道院総裁として国内の鉄道を整備した。関東大震災後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の帝都復興計画を立案した(都市計画の項も参照推奨)。

戒名の階級・位号が「大居士・清大姉」の有名人

有名人戒名戒名読み
土方歳三歳進院 誠山 義豊 大居士さいしんいんせいざんぎほうだいこじ
近藤勇貫天院殿 純義 誠忠 大居士かんてんいんでんじゅんぎせいちゅうだいこじ
花菱アチャコ阿茶好院 花德 朗法 大居士(あちゃこういんかとくろうほうだいこじ)
榎本健一天真院殿 喜王 如春 大居士てんしんいんでんきおうにょしゅんだいこじ
森鴎外貞献院殿 文穆 思斎 大居士ていけいいんでんぶんぼくしさいだいこじ

「政治/経済」として活躍した有名人の戒名

大宅壮一大宅壮一の戒名
衆生院釈茫壮一大居士
京極高次夫人(常高院)(浅井初)京極高次夫人(常高院)(浅井初)の戒名
常高院殿松嚴永昌大姉
千姫千姫の戒名
天樹院法源松山禪定尼
お江与の方(崇源院)お江与の方(崇源院)の戒名
駿州大納言忠長母崇源院殿一品大夫人昌譽大禪定尼
納屋助左衛門(呂宋助左衛門)納屋助左衛門(呂宋助左衛門)の戒名
鉄嚴道堅居士
淀君(淀殿)淀君(淀殿)の戒名
大虞院花顔妙香

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