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浅井長政 戒名(養源院天英宗淸)

戒 名
養源院天英宗淸
(ようげんいんてんえいそうせい)
「天(ありのまま)英(すぐ)れた人は、宗(おしえ)に清く、その源を養(そだ)てる」
名前
浅井長政
(あざいながまさ)
職業戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。北近江の戦国大名。浅井家の3代目にして最後の当主。
没年時天正元年9月1日(1573年9月26日)没、享年29歳

写真転用元:http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/53/Azai_Nagamasa3.jpg

戒名の説明

当時、最強とされた織田信長・徳川家康の軍団と正面衝突し、善戦むなしく敗れた浅井長政。武将としての清新な気鋭が感じられる戒名です。

人物の紹介

浅井長政-Wikipedia

浅井 長政(あざい[3] ながまさ、旧字体表記:淺井 長政)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。北近江の戦国大名。浅井家の3代目にして最後の当主。

浅井氏を北近江の戦国大名として成長させ、妻の兄・織田信長と同盟を結ぶなどして浅井氏の全盛期を築いたが、後に信長と決裂して織田軍との戦いに敗れて自害。浅井氏は滅亡した。官位は贈従二位中納言(徳川家光の外祖父にあたるため、死後の寛永9年(1632年)9月15日に贈られた)。

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