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源頼朝 戒名(武皇嘯厚大禪門)

戒 名
武皇嘯厚大禪門
(ぶおうしょうこうだいぜんもん)
「厚く尊く嘯(うた)う人は武の王」
名前
源頼朝
(みなもとのよりとも)
職業平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍。
没年時

戒名の説明

武皇は「武士の道を極めた者」という意味です。「嘯厚」の部分については「嘯源」であるとする説もあり、こちらの場合は源氏の天下を讃える意味になります。

人物の紹介

源頼朝-Wikipedia

“源 頼朝(みなもと の よりとも)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍である。
河内源氏の源義朝の三男として生まれ、父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ流される。伊豆で以仁王の令旨を受けると平氏打倒の兵を挙げ、鎌倉を本拠として関東を制圧する。弟たちを代官として源義仲や平氏を倒し、戦功のあった末弟・源義経を追放の後、諸国に守護と地頭を配して力を強め、奥州合戦で奥州藤原氏を滅ぼして全国を平定した。建久3年(1192年)に征夷大将軍に任じられた。
これにより朝廷から半ば独立した政権が開かれた。この政権は後に鎌倉幕府と呼ばれ、幕府などによる武家政権は王政復古の大号令まで足掛け約680年間に渡り、存続することとなる。”

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