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供養塔って何の塔?意味や必要性は?

近年増えつつある、新しいお墓のスタイルに供養塔があります。
少子高齢化による影響や遠方に住んでいてお参りが困難である場合はもちろん、ご先祖を合祀する場合などさまざまな目的や理由で採用されつつある供養方法です。ここでは供養塔の特徴や種類についてや、用いられる目的に関して解説していきます。供養塔の導入を検討している方はこの機会に、供養塔が一体どういったもので、どのような目的で利用されるのかを学んでいきましょう。

供養塔って一体何?

供養塔とは、文字通り死者や祖先の供養のために建てる、石造りの塔のことです。
歴史は古く、平安時代末期の頃から始まったとされています。ミニチュアサイズの五重塔のような形状の石塔は、通常の霊園・墓地でも墓石の横に併設されていることがあるため、見かけたことがあるかもしれません。
天災や戦争などで多くの命が失われた際や、引き取り手が見つからない際の遺骨を供養するために建てられることが多いです。
この場合は死者のゆかりの地に建てられることが多いため、全国各地に点在しています。

また、近年は少子高齢化の波を受けて、お墓参りをする人が後にいなくなってしまったり、親族が外国など遠方に住むケースも多いため、永代供養が選ばれるケースが多いです。
永代供養の埋葬方法における選択肢のひとつとしても、供養塔が挙げられます。

供養塔の形の種類

供養塔の形状はひとつではなく、いくつかの種類に分かれています。
代表的なものとして、まず五輪塔が挙げられるでしょう。平安時代の中期から存在するもので、5つの輪が重なった形を持つのが大きな特徴です。
石塔は方形と円形、三角形と半月形、宝珠形といった形状の石材が積み重ねられており、下段から順に地水火風空を象徴しています。
これらは古代インドにおける、宇宙の五大構成要因を表すものです。
当時は五輪塔の各輪には梵字の彫刻がなされていましたが、時代が進むにつれ南無阿弥陀仏など他の文字が刻まれた石塔も増えていきました。
室町時代に入ると、一石だけの五輪塔が庶民の間にも広まっていくこととなります。

次にこちらも代表的な塔のひとつである宝篋印塔は、五輪塔と同じくインドから伝わったとされている石塔です。
もともとは、インドのアショカ王が建てた8万4千の塔の故事にならって中国で作られたものであり、息災安穏長寿の願いを込めた呪文「宝篋印陀羅尼」を内部に納めたものが伝わりました。
宝篋印塔の形状は、台座部分である基部と本体である塔身、屋根のような形状の笠とその上に取り付けられた棒状の相輪から構成されます。
鎌倉時代より多く造られることとなり、室町・江戸と時代が移るにつれ少しずつ姿を変えていきました。墓地はもとより、著名な神社仏閣にて設置されていることが多いです。

この他にも、釈迦と多宝の二仏を祀る塔として多宝塔が挙げられます。
平安時代前期より造られたもので歴史は古く、法華経に登場する七宝で飾られた塔に基づいて建てられた塔です。
文字通り二重構造を持ち、初重は方形で二重の軸は円筒形、屋根は同じく方形となっています。主に住職の墓に用いられる供養塔としては、無縫塔があります。
花崗岩や安山岩など硬い石を用いて造られ、塔身に縫い目・継ぎ目がない形状であることが名前の由来です。
塔は卵形の塔身と蓮の花を模した請負花、土台となる基礎の3部から構成される形状が一般的なものとなります。

石塔婆ってどんなもの?

石塔婆は、南北朝・室町時代から17世紀初頭にかけて造られた供養塔の一種です。
中世の石塔の代表的な種類であり、正式名称は「板石塔婆」となります。板状に加工された石碑の形状を成すため、世間では「板碑」と呼ぶ場合も多いです。

石塔婆の語源は、伝来先であるインドのサンスクリット語で「仏塔」をストゥーバと呼ぶところから来ています。
伝来の中継地である中国にて、「卒塔婆(そとば)」や「塔(とう)」に変化して伝わったという説が有力です。
特に関東地方で多く見られるもので、最も多く造られた鎌倉時代の武士たちの本貫地があったことが関連していると考えられています。形状や石材、分布地などによってさらに細かい種類が存在するのも大きな特徴で、代表的なものは武蔵型や下総型、阿波型などです。

石塔婆(板碑)は石材を板状に加工して、さらにその石材の頭部を三角形にしています。
頭部の反対側の先端は「基礎」と呼ばれ、地面に突き刺して建てる必要があるため尖った形状です。地上に露出する側の三角形の頭部には、二条線と呼ばれる2本の線が刻まれており、この下側に供養される人の名前や年月日、供養の内容が刻まれます。
ここに刻まれる形式は厳格に定まっているわけではなく、板碑によっては種子(梵字で書かれた主尊)が刻まれていたり、反対に年月日や内容の詳細が省略されていることもあり、その板碑によってさまざまです。

墓石とは何が異なる?

墓石も供養塔も、亡くなった方の遺骨を納めてお祀りするために建てるという点は共通しています。お寺の共同墓地をはじめとして、地方自治体の管理による墓地や民間霊園、公営霊園などに設置される点も同様です。
墓石には祖父母や親、遠い先祖といったような祖先の遺骨を納めるために建てられるものに対し、供養塔には1つのお墓に入れて良いのか分からないほど多人数である場合が一般的となります。
親類の遺骨を納めるため墓石は必ずと言って良いほど用意されることが多いですが、供養塔は必ずしも用意しなければならないという訳ではありません。
墓地に行けばたくさんの数を見ることができる墓石とは異なり、供養塔を見かけるケースが稀であることも、この裏付けと言えるでしょう。
また、供養塔を建てるきっかけが個人によるものではなく、台風や豪雨などによってたくさんの死者が出た災害などがきっかけであった場合、誰のものか分からなかったり身よりのない遺骨(無縁仏)が納められることもあります。
他にも、先祖のお墓を持っていてもあまりに古くて誰のお墓か分からなくなった場合、供養塔を建てて祀るケースも少なくありません。この場合、通常の墓石(近年の親類のもの)と併設することが多いです。

どんなときに供養塔が建てられる?

一家や一族など個人的な家のものではなく、ごく一般的な供養塔が建てられるケースとしては、先述の通り戦争や天災が起きた後が通常です。
鎌倉時代や戦国時代など戦乱が多かった時代はもちろん、昭和に入ってからも巻き起こった第二次世界大戦の際にも多くの死者が出ました。
爆撃による空襲を被ったり、戦場へと赴き帰らぬ人となった場合の両方が対象です。
また、台風や大雨・洪水による被害を受けて命を落とした多くの人たちを祀る際にも用いられます。長いスパンで起きる大地震や火山の噴火によって巻き起こされる大災害において、混乱のさなか身元が分からなかったり、引き取り手が明確でない場合において建てられることが多いです。

不特定多数の多くの命が奪われた際に、その遺骨を埋葬して供養する上で仏さま(故人)を極楽浄土へと往生させる役割を果たします。
死者の供養のために用いられるのはもちろん、そういった大掛かりな供養の場「供養会」が行われたという証のために建てられる場合も少なくありません。
戦争や災害、事故などで亡くなった大勢の命を慰めるという意味では、慰霊碑と似た意味合いを持ちます。

ただ、慰霊碑は供養が主な目的である供養塔とは異なり、亡き人や動物たちの霊を慰めると同時に二度と同じ過ちや悲劇を繰り返さないよう、戒めや警告の意味も込められていることを覚えておいてください。

日本の代表的な供養塔

日本国内で有名な供養塔として、広島市の広島平和記念公園の敷地内にある原爆供養塔が挙げられます。
1945年8月6日に同市に投下された原子爆弾によって、多くの犠牲が生まれました。
広島平和記念公園がある場所は爆心地近辺であり、身元不明の遺体が運ばれて埋葬された場所です。翌年の1946年には、広島戦災供養会を中心とした市民の寄付によって、仮説の供養塔や納骨堂、礼拝堂が作られることとなります。そして、終戦の10年後である1955年には老朽化しつつあった仮説の供養塔が、現在のものへと改築されました。
また、市内に散らばっていた身元不明の遺骨に関しても、この改築の際に供養塔に集められ供養がなされています。
安土桃山時代の御陵(天皇陵)をモデルとした、直径16メートルもの円形の土盛りの頂上に、石造りの相輪の塔が供養塔として設置されているのが原爆供養塔です。
土盛りの中には、約7万柱もの身元不明の遺骨が納められています。その他氏名のみ判明している遺骨は817柱で、それを納めた遺骨箱や聖観音像、死没者名を刻んだ象牙の塔も一緒に収容されました。

この他に、1995年に起きた阪神大震災の折には、鵯越墓園にて慰霊碑が建てられその横には供養塔が建てられています。多くの供養塔と同じく身元が分からない遺骨を9柱納めており、このことから「無縁供養塔」という名が付けられました。

2011年に起きた東日本大震災においては、常安寺参道や常連寺の敷地内に供養塔が建立されています。

永代供養でも供養塔を建てる?

近年増えつつある新しいお墓のスタイルに、永代供養が挙げられます。
高齢化社会であるにも関わらず少子化が進むことで子孫が減り、将来はお墓参りをする次世代がいなくなってしまう、という一族も珍しくありません。
地方の過疎化と若年層の都市部への進出なども手伝って、お墓を持つというスタイルを維持するのが困難になりつつある時代に、高額な土地代や管理の手間が省ける永代供養というシステムの普及は必然とも言えるでしょう。
永代供養は、1つのお墓に多くの遺骨を埋葬する方法である「合祀墓」が一般的です。この場合、お墓1つに対して納められる遺骨の数が多いため、一度埋葬すると取り出して移動させることができない点をしっかりと覚えておいてください。

合祀墓ほど多くはないものの、近年増えつつある永代供養のもうひとつのスタイルが「納骨堂」です。
ひとくちに納骨堂といっても、納骨をする方法や料金の違いによっていくつかの種類が存在します。
骨壺を納める分のみのスペースを使用するロッカータイプの納骨堂は、納骨堂の中でも最も料金がリーズナブルです。
場所によって料金が異なる場合はありますが、安価な場所であれば10万円前後まで費用を抑えられます。

次に、少し料金は高いものの1つの家族に対して1つの仏壇を使用できるのが仏壇タイプの納骨堂です。上段は仏壇であり、下段に遺骨を納めるスペースが備え付けられています。ロッカータイプより広いため料金が上がり、30〜100万円が一般的です。

さらに、専用カードを機械に通してタッチパネルで操作も可能な、機械タイプの納骨堂もあります。この場合、個別のお参りスペースが用意されていて、その空間まで機械が自動的に運んでくるのが特徴です。機械タイプの場合の料金は、50〜100万円程となっています。

永代供養で供養塔が利用されているケースはあるものの、まだまだ利用数は少ないです。
理由は供養塔の導入費用の高さであり、最も多いとされる合祀墓の費用は3万円前後、次いでよく利用されるロッカータイプの納骨堂も10万円前後であるため、比較的安価であるこの2つの方法が主流となっています。
また多くの故人を納めることができる供養塔ですが、建てる人自体が少ないため建立条件(定員数)を満たしにくい点も、利用者数が少ない要因の1つでしょう。

一般家庭では供養塔を建てない?

一般的とはまだ言い切れないものの、墓石の他にも供養塔を建てるというケースは徐々に広まりつつあります。
先祖代々続く家では、古すぎて故人の名前が分からなくなったり、敷地にある墓石がそもそもお墓かどうか判別できない場合も少なくありません。
こういった場合に、供養塔を建てることでご先祖様を1つのお墓で供養することができます。供養塔を建てて先祖の供養を手厚く行うことは、塔の主目的である「功徳を積む」が果たせるのです。

供養塔を建てて永代供養を行いたいけれど、金額的に厳しい場合は価格を抑えた供養塔を提案している寺院を探すと良いでしょう。
永代供養使用料と芳名板を合わせて6万円前後で提供していたり、宗教や宗派を問わなかったりと柔軟に対応する寺院が増えつつあります。

供養塔の目的や建てるシーンはさまざま!

インドから中国に渡り平安初期に日本へと伝わった供養塔は、室町や鎌倉時代まで有力者のお墓に用いられるのが主体でした。
時代が移るにつれ庶民にも利用されるとともに、戦争や天災よって出た多くの死者や身よりのない者を祀るためのものへと変わり、現代ではそのゆかりの地に建立されることが多いです。

そして近年では、先祖を手厚く供養する目的や永代供養のひとつの手段としても一般家庭に導入されつつあります。
少子高齢化が進み、お墓を購入したり管理することが困難になりつつある現代において、新しいお墓のスタイルと言えるでしょう。
永代供養の一般的な手段となる合祀墓や納骨堂と比べると高額ではあるものの、寺院によっては比較的安価であったり宗教・宗派の制限がないケースもあるため、供養塔の建立を検討している方は寺院に相談してみることもひとつの手だてです。

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