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融通念仏宗って知ってる?特徴や葬儀の方法まとめ

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日本では葬儀に仏教様式で故人を弔う場合が多いですが、おおむね仏教様式の葬儀として定型化しています。
しかし、宗派によって葬儀の方式が変わる場合があります。それは宗派によって教義や葬式の意義が異なるからです。

そのような仏教の宗派の1つに融通念仏宗と呼ばれる宗派がありますが、どのような宗派かご存じでしょうか。
融通念仏宗は大変古い歴史を持った、日本生まれの仏教宗派です。以下では融通念仏宗の特長や葬儀の方式やマナーについて解説します。
宗派の違いを理解して葬儀を行うことで、故人をより深く思いながら弔うことができるのではないでしょうか。

そもそも融通念仏って何?

融通念仏宗は平安朝末期に関西で誕生した、念仏勧進の仏教宗派です。
そのため関西では知っている人も多いですが、関東から東北地方ではあまり知られていません。融通念仏とはどのようなものなのでしょうか。

融通念仏の「融通」とは、さまざまな様態が融け合って和合することを指しています。
念仏が相互に融通し合い和合することによって、新たな大きな力が生まれるとするのが融通念仏の考えです。
融通念仏を唱えることによって、人と人、人と物、物と物、この世にある全ての関係には融通和合の世界があると捉え、この世を苦悩から解き放たれた喜びある世界へと導きます。

融通念仏宗は、誰もが念仏を唱えて融通和合された境地に至ることによって、この世を浄土にすることを目指している宗派です。
「一人一切人、一切人一人、一行一切行、一切行一行、是名他力往生、十界一念、融通念仏、億百万遍、功徳円満」という教えを融通念仏宗は持っています。これは、1人1人の唱える念仏の力が小さくとも全ての人の功徳となり、また他の人が唱えた念仏も自分や他の人の功徳になるという考えです。
融通念仏宗では多くの人が念仏を唱えることで、お互いを救済し合い、浄土へと到達するという教えを説いています。

融通念仏宗の特徴って何?

融通念仏宗は、天台宗で仏教を学んだ良忍上人によって開かれました。
日本にある仏教13宗派のうちで、6番目に成立した仏教です。
それまで仏教の宗派は、中国から伝えられたものを学び、日本に持ち込んでいました。天台宗も真言宗も全て中国から持ち込まれてきました。
ですが、融通念仏宗は、日本で学び修行した僧が創りだした、初めての日本生まれの仏教であるといわれています。
その教義は良忍上人が学んだ「法華経」や「華厳経」の影響を強く受けており、念仏を唱えることによって、人は来世ではなく現世で、浄土へと到達できると説いています。

融通念仏宗の総本山は、大阪府大阪市平野区にある大念仏寺です。大念仏寺は融通念仏宗の開祖である良忍上人が、四天王寺で聖徳太子のお告げを受けたことによって、1127年に鳥羽上皇の勅願によって建てられました。
平安時代末期の末法思想の中、念仏信仰によって大念仏寺は多くの人々の支えとなりました。
その後、1700年頃に融通念仏宗の宗教体系が整えられます。そして大念仏寺は現在のような総本山となりました。

融通念仏宗は、観想念仏ではなく、仏の名号を唱える称名念仏を重視することが最大特長であるといえます。
「南無阿弥陀仏」を口に出して唱えることによって、具体的に仏を感じ、功徳を互いに分かち合います。「大念仏宗」とも呼ばれるように、融通念仏宗では念仏を非常に大切に捉えている宗派です。
また、融通念仏宗は「華厳経」と「法華経」を正依としています。正依とは最も重視される経典のことです。
浄土系の宗派ですが、「浄土三部経」である「仏説無量寿経」「仏説観無量寿経」「仏説阿弥陀経」の3つは傍依としています。

融通念仏宗で使われる経典は?

念仏を唱えることで浄土を目指す融通念仏宗ですが、その読経にはどのような経典が用いられているのでしょうか。
融通念仏宗では「観音経」「座禅和讃」「般若心経」の3つを勤行の中で唱えます。

「観音経」は正依である「法華経」の一部で、「観世音菩薩普門品第二十五」のことです。
「観音経」を唱えることによって、観世音菩薩の慈悲の力で、人生の苦難から必ず救われると説かれています。

「座禅和讃」は漢文で表記されていることが多かった禅宗の経典を、民衆でも理解しやすい日本語表記にしたものです。仏事の際に、僧侶とともに参列者が唱える場合が多いです。「衆生本来仏なり」から始まり「この身即ち仏なり」と終えます。誰もが生まれながらに仏であると説いています。

「般若心経」は大乗仏教での悟りについて説いた経典です。融通念仏宗では、食事作法を行うときと、年に3度ある「大数珠繰り」をしている際に唱えます。融通念仏宗は日本で初めての念仏道場が総本山となった宗派です。信者は以上のような経典を唱えることが毎日の勤行となっています。

融通念仏宗が伝わってきた経緯

現在、仏教には13の宗派があり、浄土宗系だけでも4つの宗派が存在しています。
融通念仏宗はそのような宗派の1つです。その歴史は非常に古く、融通念仏宗は末法思想で荒れていた平安時代後期に誕生しました。

12歳で比叡山に入山した開祖良忍上人

1072年、現在の愛知県東海市で良忍上人(聖應大師)は、地方一帯を治める領主の息子としてこの世に生を受けました。
幼名は音徳丸と名付けられています。良忍上人は12歳で比叡山に入山し、良賀僧都から得度を受けます。また、その際に光乗坊良仁という名を与えられました。
良忍上人は比叡山で天台宗の密教や学問を学び、21歳のころには修行僧を教導する講主となっています。
ですが、当時の比叡山は学問の議論が中心となり、仏の道を探し求める環境ではなくなっていました。
武家の台頭により社会の動乱が目立ち始め、比叡山もその中へと巻き込まれていきました。そうした環境の中、仏道を求める修行僧は比叡山から去って行くようになります。このような時代の流れの中、良忍上人も23歳のときに比叡山を去り、洛北の大原へと移り住みました。

阿弥陀如来のお告げを受け開宗

大原での良忍上人は厳しい修行生活を送りました。日に6万編の念仏を唱え、写経に勤しみ、多くの仏像を作っています。仏教に真摯に向かい合う様子は「後拾遺往生伝」や「三外往生記」といった資料から読み取ることが可能です。また、この頃に名前を、光乗坊良仁から良忍へと改名しました。

46歳となったとき、念仏を唱える良忍上人の前に阿弥陀如来が現れ、融通念仏の要となる教え「一人一切人、一切人一人、一行一切行、一切行一行、是名他力往生、十界一念、融通念仏、億百万遍、功徳円満」と告げます。このお告げを機に良忍上人は融通念仏宗を開宗しました。
その時の阿弥陀如来と周囲を囲む10体の菩薩が、融通念仏宗の本尊である「十一尊天得如来」です。
良忍上人は1124年に、初めて融通念仏の布教に取り組み始めます。
それとともに良忍上人の名は知られるようになり、ついには鳥羽上皇にまでその名が伝わりました。
良忍上人は宮中に招かれるようになり、融通念仏の考えがさらに知られるようになります。ついには鳥羽上皇も帰信者として名を連ねるようになりました。
1127年鳥羽上皇は、融通念仏を広めるにふさわしい念仏勧進の道場として大念仏寺を建立しました。

良忍上人を継ぐ融通念仏宗の後継者たち

良忍上人の後、融通念仏宗には跡継ぎに恵まれませんでした。
しかし、その考え方は全国へと伝播していき、各地では「聖」と呼ばれる僧たちが念仏勧進を広めています。
1321年に融通念仏宗は法明上人によって新しく生まれ変わりました。それは法燈の中断から139年経ってからのことです。
法明上人は念仏共同体の「講」を作り、現代まで続く融通念仏宗の基礎を作り上げました。
また、江戸時代初期に道話上人の手によって、本山大念佛寺の寺地が現在の場所に定まり、より宗教として強固な成長をしています。

融通念仏宗の毎朝の日課

勤行とは、教義における徳目を実践するために行う修行のことです。
修行といっても、一般的には、仏前でお経を唱えたり礼拝することを指します。また、お寺の日常勤行や、年間を通しての行事、彼岸会や個人の法要なども勤行の1つです。

融通念仏宗は、みんなで念仏を唱えることによる功徳の相乗効果で、この世を浄土にするだけでなく、自らが浄土へと至ることを目指している宗派です。
そのため、融通念仏宗では朝の勤行としてお経を唱えることが日課として行われています。
毎朝西方に向かって、開祖である良忍が説いた十界一念・融通念仏を10唄します。
西方に向かって念仏を唱える理由は、人間界から西方に10万億の彼方に浄土があると考えられていたからです。このような考えを西方浄土と呼びます。

勤行は融通念仏宗の信者の誰もが行っているわけではありません。
しかし、融通念仏宗では念仏の中にすべての善行が含まれていると考えています。
そのため、信者にとって日課として念仏を唱えることは、自分も含めて全ての人が浄土へと至るための方法として認識されています。

融通念仏宗の葬儀ってどんなもの?

融通念仏宗の葬儀は使用する仏具や葬具が多いので、初めて参列する方は戸惑うかもしれません。
融通念仏宗の葬儀の進め方や形式は、浄土宗や曹洞宗と近いものがあります。
ドラや太鼓などが用意され、見た目に華やかなのが特長です。家庭の仏壇を前に法要をとり行う場合でも、木魚や香炉などが用意されることがあります。

融通念仏宗は、他力的仏教で浄土仏教の宗派です。
そのため、念仏を唱えることで功徳を故人に分け与え、極楽浄土へ送りだし、仏の慈悲の力によって故人が浄土で成仏できるように願います。
葬儀の場では、ご本尊の「十一尊阿弥陀如来」の絵像を用意し、阿弥陀如来のいる浄土へと故人が辿り着くように祈ります。
ですが、融通念仏宗は本来的に民衆誰もが功徳による救済を行えると説く、念仏勧進の宗教です。形式に厳しい宗派ではありません。故人を偲ぶ気持ちがあるのならば、葬儀の祭壇と花が添えてあるだけでも十分といえます。

葬儀で唱えられているお経

浄土系の宗派である融通念仏宗の葬儀では「般若心経」の読経は行いません。
経典の中心としている「法華経」と「華厳経」で使われる、「阿弥陀経」や「真身観文」が唱えられることが多いです。

「阿弥陀経」は大乗仏教の経典で、阿弥陀如来がいる極楽浄土の素晴らしさと、浄土へと至るためには念仏が大切であると説かれています。
「南無阿弥陀仏」の題目でよく知られている、浄土系宗派でよく唱えられるお経です。
「真身観文」は「観無量寿経」の一部です。「観無量寿経」は錠光如来が衆生を救い涅槃に入ってから、53の仏様と世自在王如来が現れるまでを説いています。
「真身観文」は阿弥陀仏の真の姿を想念する観法について説き、真身観を成就することで全ての仏が見えるようになるといわれています。
「阿弥陀経」と「真身観文」は、心に仏を描き出し観念する「観想」と呼ばれる儀式の中で読経される経典です。読経によって阿弥陀如来への信仰を祈ると共に、故人の冥福を願います。

融通念仏宗の焼香のマナーは?

仏教様式の葬儀や法事の場では焼香をすることが一般的です。
焼香とは、仏前にお香を捧げ故人の供養をすることです。融通念仏宗でもやはり焼香が行われます。
一般的な仏教様式の焼香は、お香をつまみあげ、押しいただき、香炉へと落とすという作法を1回ないし3回繰り返します。融通念仏宗ではお焼香は基本的に3回繰り返し、つまみ上げたお香は額に押しいただくようにしましょう。
なお、押しいただくとは、つまみ上げた焼香を額の高さにまで掲げる動作のことです。
焼香は以下のような手順で行います。

  • 遺族と参列者に向かって礼をする
  • 1歩前に進み出て故人に向かって合掌
  • 本尊に向かって礼をする
  • 焼香をつまみ上げ額に押しいただき香炉にくべる
  • この動作を3回繰り返す
  • 焼香が済んだなら1歩下がり礼をする

融通念仏宗では慣習的に3回の焼香を行いますが、宗派として決まっているわけではありません。
参列者が多い場合には1回だけ焼香をすることもあり、比較的自由な判断がされています。

融通念仏の力というユニークな考えがある!

融通念仏宗は最も古い日本生まれの仏教です。
平安末期の末法思想の中で生まれた融通念仏宗は、それまでの仏教とは大きく異なっていました。
融通念仏宗では多くの人が念仏を唱えることで、お互いを救済し合い、浄土へと到達するという教えを説いています。
念仏勧進の仏教なので念仏そのものがすべての善性を含んでいると捉えています。「南無阿弥陀仏」と唱えることによって浄土へと近づけると、多くの人に親しまれてきました。
そのため、形式の厳格さよりも内面が重視される宗派であるといえます。
葬儀などの法要では浄土宗の流れを汲んだ独自の傾向が融通念仏宗には多少ありますが、マナーよりも故人への気持ちがしっかりとこもっているかが、融通念仏宗では大切だといえるでしょう。

融通念仏宗は念仏修行を大切にする宗派です。
誰もが念仏を唱え、それらが融通しあい和合することによって、この世を浄土とし、誰もが救済されるというものです。考え方のスケールがとても大きい仏教宗派であるといえます。

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